e防災マップ
作成したマップ一覧
旧塩田橋周辺の洪水避難マップ
2010年08月23日 12:24:27 作成
基本項目入力マップ
2010年07月09日 15:19:26 作成
活動記録
2010年8月31日 12時34分

絆×ひとづくり=地域コミュニティ∞

 いよいよ応募締切日になりました。昨夜、5人が集まって最終検討会を行いました。
 振り返ってみますと、防災ひとづくり塾構想を立ち上げ、ちょうど1年。1期生の募集に始まり、塾の開講、修了式、そして自主ゼミ、防災研修、防災訓練、ニュースペーパーの発行など、さまざまな行事を「防災ひとづくり塾」で行ってきました。
 
 ところで、なぜ「ひとづくり塾なのか?」とよく人に聞かれます。「なぜ、まちづくりじゃないの?」って。そんなときにはこう答えることにしています。「自然を壊すのも、まちをつくるのも人間。だったら、地球や自然のことをよく知り、良いまちをつくるには、まず、ひとからつくる必要があるって思ったんです」と。

それから、私の好きな3つの言葉の影響があります。
1つ目は、松下幸之助さんの言葉
「松下電器は、人をつくる会社です。あわせて、家電をつくっています」
2つ目は、後藤田正治さんの言葉
「10年先を思う者は木を植える。100年先を思う者は人を植える」
3つめは、岡崎嘉平太さんの言葉
「信はたて糸、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく」
 この3つをあわせたものが「防災ひとづくり塾」の理念(?)です。
特に、今回のe防災マップつくりを通して、3つめの言葉にある塾生たちの「信」と「愛」は見事につむぎだされ、美しい織物(e防災マップ)に結実したと思っています。

この防災マップコンテストの結果はどうあれ、11月28日に大垣市スイトピアセンター音楽堂(300人収容)で予定している「防災ひとづくり塾活動事例発表会」では、このe防災マップつくりを通して得たことを塾生に発表していただきたいと思っています。
発表者は、一番がんばった岩田さんにお願いしたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

それでは、私が責任を持って応募いたいます。

種田

2010年8月30日 22時33分

深まる絆

 いよいよ締め切りも明日!! メンバーが集まって最終の打ち合わせをしました。マップにも各自で寄せ集めた情報を盛り込み、活動記録をまとめたりしました。
 このe防災マップづくりに参加しはじめた時、ただひたすらマップの作り方そのものを学ぶという先入観しかなかったため、むしろそのプロセスを重視し、チームワークを高めながら地域を研究する、それをこの活動を通してできたことが、本当に一番の収穫だったのでは、と思います。
 
 ‘現場を知る’ことの重要性は前にも書きましたが、現地を歩いたりするうちに地域の様々な方とお話ができ、自分達の住む地域のこと、防災に対する考え方等々、自分達の側からも吸収した。そのことによって活動グループの絆が深まった。
 そしてこの作成した防災マップを地域の人にプラスになるよう役立てる、というバックアップができれば、地域の絆も深まっていき、それが防災意識の高揚にもなる。

 そういった意味で今回のような活動を、今後さらにレベルアップして続けなければ… ということを最後に思いました。

 最後は少々真面目くさったことを書きましたが、これをもって活動の振り返りとさせていただきます。
 それではいい賞がとれますように。。。

下の写真は、本日入手した平成14年水害のときの航空写真です。


                                                松岡
 

2010年8月30日 18時38分

地域高齢者の絆つくりは急務

洪水避難時の高齢者への対応については、日頃から危惧を感じていたが、今回のeマップ作成過程において現地住民 特に高齢者への聞き取り等から、避難対象者になりうるの高齢者自身の避難行動の必要性に対する理解度の低さは予想を超えるものだった。「洪水危険性→素早い避難」の住民の早急なる意識改革と絆が必要。

西田
 


2010年8月30日 15時47分

若い人たちとの絆

 岩田です。本日、最後の検討会を前に、若森町の輪中堤を自転車で回ってきました。
2年前の9月2日(あと4日でちょうど2年です)に、この地は水害に見舞われました。
今日のニュースでも、沖縄の近くに3つも台風が発生しているとのことです。
しかし、避難路としても重要な輪中堤は、草が覆い繁っており、とてもここを通っての避難はできそうもありません。自治会や消防団で草刈をする必要があるかと思います。

 それから、最後に1つ提案。右岸側の静里町には、市営住宅「メゾン静里」があります。このあたりには、3階建ての建物があまりなく、あっても住宅や民間の建物です。
このメゾン静里について市住宅課で調べてきましたら、2階、3階には空き部屋があるとのこと。この部屋を使わないという手はありません。ぜひ、災害時には避難所にするなどうまく活用できるようにしていただきたいと思います。

 今回、このe防災マップコンテストの取り組みは、本当に良いことだと思います。いろんな年代の人たち(大垣市防災ひとづくり塾修了生)と一緒に活動できたことは本当にすばらしいことでした。また、違う地域のマップつくりをしたいと願っております。

2010年8月29日 19時03分

水害と闘う住民の姿を映像で保存している人がいた!!

 静里町に住む佐竹英哉さん(75)は、1960年代から8ミリフィルム、ビデオカメラで被害の様子を記録していらっしゃいます。
 今回、平成元年以降の映像を1時間13分のビデオに編集されたそうです。
 杭瀬川沿いの堤防道路横に住む佐竹さんは、幼い頃から川との闘いを続けてこられました。水位が上昇するたびに畳を上げ、家財を2階に運んだそうです。今回編集したビデオには、杭瀬川の水位が徐々に上昇し、道路を覆ったあとで、民家に流れ込む泥水や、土嚢や板で浸水を防ごうとする様子や、バケツで水をかき出す住民などが映されています。
 佐竹さんは「昔に比べて、川底が2メートルほど高くなったのではないか。大垣市の水害は洗堰へ目が向けられてきたが、静里と若森は慢性的に被害が出る場所、大雨のたびに水位が気になり、寝ずの警戒を続ける住民がいることを知って欲しい」といわれてました。
 今回、この地域を主題に取り上げなかったら、このような活動をされている方がいることも知らずに過ぎって行ったかも知れない、下塩田地区を取り上げてよかったと思った瞬間です。


2010年8月28日 20時39分

車はどこに避難する?

 最終チェックをしていたところ、ふと、車はどこに避難するんだろう?と考えました。
調べてみると、下の写真のように2年前は、(旧)塩田橋に車を移動させ浸水から守ったそうです。
 しかし、これには大きな問題があると思います。もし、大地震が発生したときに、皆が車で避難所まで避難したら、グラウンドは車でいっぱいになってしまい、人間が避難する場所が
なくなってしまいますし、道路も渋滞が起こり、緊急車両等も通れなくなってしまいます。
 平成14年に、別の地域で大規模な水害がありましたが、そのときは何十台という住民の車が水没し廃車になりました。このとき、住民から自動車の避難所も確保して欲しいという要望が市役所にあったそうですが、実際のところ、人間の避難場所の確保だけでも大変なので、そう簡単には実現しそうにもない気がします。
 対策としては、水害の場合は、予め来るのがある程度予想されるのですから、予め、土地の高い知り合いの家とかに置かせていただくしかないように思います。それか、スーパーなどの立体駐車場に移動させるしかないのではないでしょうか?

2010年8月28日 18時45分

防災ベッドを作っています

 これまで、いろんな方とお話ししてきて、課題だなと感じるのは、住宅の耐震化です。
特に、お年寄りは耐震化しようにもお金がないし、古い家だと下手すると建て直したほうが安い場合があります。そういった問題を解決する1つの方法として、「防災ベッド」に注目しています。防災ベッドの良いところは、普通に家や部屋を耐震化したら100万円以上かかるところ、数十万円という費用で済むところです。

 それで現在、市内にある「モダン工房」という会社と一緒に、防災ベッドを開発しています。
 東京や大阪ではすでに防災ベッドの補助金制度もあり、かなり一般的なものです。
 以前、大垣でも防災ベッドを購入された方がおりますが、わざわざ静岡県から業者が組み立てにこられ、費用も50万円ほどかかったそうです。
 これだけの費用がかかると、いくら良いものでも大垣では普及しないなぁと考えていたところ、モダン工房さんから、開発に着手しても良いというお話をいただき、現在取り組んでいるものです。これまで何パターンか試作品を作っております。
例えば、「ステンレス製の大人用防災ベッド」「赤ちゃん用防災ベッド」などを製作しました。 今回は、販売価格10万円以下のものを作りたいということで、「木製」にこだわりました。
 
 そして、本日、市内において強度試験をしたところ、8トンまで耐えることができました。デザイン的な課題はまだ残されていますが、9月4日(日)には名古屋市久屋大通で開かれる「防災フェスティバル2010」会場でプロトタイプをお披露目したいと思います。そこで、名古屋のみなさんからいろんなご意見をお聞きして、さらに改良を重ねたいと思っています。


2010年8月27日 20時36分

避難所をいかに活用?

 あと避難所そのものが災害時どういった機能を果たせるか、効果的ものかを考えてみたくなりました。今回は、職場の学校も避難場所に指定されているため、実態を調べてみました。
 大きな河川沿いで地域的には全く安全な場所とは言い難いかもしれませんが、体育館は比較的新しく、自家発電による電気の供給、給水塔による水の確保に至ってはほぼ完備されており、体育館のアリーナの2階も高い位置にありまた広いため、受け入れ態勢は設備的には優れています。(寮もありますからね)

 さあ、週明けいよいよ締め切りですが、月曜日皆さんがいい情報を持ち寄っていただけることを期待しています。よろしくお願いします。では…

2010年8月27日 14時20分

ボランティアは大切だ

 今日仕事の合間に学校の図書館で「あなたにもできる災害ボランティア」という本を読んでみました。
 特に印象に残ったのは、「災害後に現地を訪れることは被災者を励ますことになる」ということ。一般的に被災地を訪問することは被災者の感情を逆なですることだと思われるかもしれないが、相手に対する思いやりの気持ちさえ忘れなければ被災者の精神的な助けになるんだとある方は言っておられました。
 
 自分たちも地域の防災リーダーとして、だんだんと意識づけをしていかなけばいけないですね。
                                                松岡


2010年8月26日 22時43分

次の世代に伝えよう!!一人の百歩よりも・・・

 今日、この間お話しした興文小学校の堀先生と打ち合わせをしました。
2学期に行う予定の子供たちへの防災学習についてです。
さすがというか、緻密な学習指導計画を作られており、今後、どのような形で子供たちに防災の大切さを伝えていけるかを話し合いました。

 これから、どのような展開になるかわからないけど、当然、防災ひとづくり塾の人たち全員で、子供たちの学習のお手伝いをしていければと思っています。
 その結果、最終的に、このe防災マップに取り組めるところまで、子供たちが到達できるようになればと思っています。

 子供たちは、まず100%東海地震を経験することになるだろうと、私は考えます。
今の段階で、私たちが学んだことを次の世代に伝えていきたいと思います。

 「一人の百歩よりも、百人の一歩」
 これからも、ひとづくりにこだわって、同じ志の仲間たちを増やし、安全安心のまちづくりに向かって取り組んでいきましょう。

2010年8月26日 20時57分

取り組んだからには...

 話は変わりますが、表彰式の情報がUPされましたね。
 ただ、9月20日といえば、地域づくり講座の日ですね。ちなみにパシフィコ横浜はランドマークタワーのすぐそばで、設備が素晴らしいところです。
 
 取り組んだからには佳作で満足せず、最優秀賞目指してもう一息頑張りましょう!!  皆様どんな情報を持ち寄っていただけるか、どんなマップが出来上がるかとてもワクワクしています。 そして秋のひとづくり講座で胸を張って発表できるように、で、す、ね。。。
                                                松岡


2010年8月26日 17時05分

堤防の下は新興住宅地

 今日は、仕事であったが、昼休みに右岸を歩いてみた。右岸のすぐ下は新興住宅地である。今回使っているe防災マップの航空写真では空地になっているところに、十数件の住宅が立ち並んでいる。堤防があるとはいえ、万が一の場合の備えなどは大丈夫だろうか。
 また、六社神社では説明書きがあり、1400年ごろに建てられたこの神社は、災害の守り神としてまつられているそうだ。
 左岸側の避難路としては2ルートしかないことが分かった。1つは細い車も通れない道であり、もう1つは幹線道路に出るるーとである。水から一刻でも早く逃げるのであれば、細い道路の方がベターであると感じた。なぜなら、逃げる途中に車にはねられたりする心配がないからである。






2010年8月25日 22時06分

塩田橋は谷崎潤一郎「細雪」の舞台??

 ご存知のとおり、谷崎潤一郎の『細雪』は昭和10年代の関西の旧家、蒔岡の4姉妹の物語です。当時の上方の上流階級の日常生活、衣食花見や蛍狩りなど季節の行事が散りばめられた中に「いき遅れ」の三女の雪子の見合や四女妙子の恋愛騒動などがえがかれている非常に興味深い物語です。
 物語を読み進んでいくと、4姉妹は物語の中で、昭和13年7月に「関西大水害」で被災してしまいます。
 そして、三女の雪子は昭和14年に、この大垣の杭瀬川で蛍狩りをしながらのお見合いをします。

 「蛍狩りは瞑想的な、とでもいったらよいであろうか。それでいておとぎ話の世界じみた、あの世界は絵にするより、音楽にすべきかもしれない。~この真夜中にも、あの小川のほとりであれらの蛍が一晩中、音もなく明滅し、数限りなく飛び交っているのだと思うと、言いようもない・・・」

 杭瀬川は大垣市を南北に流れる川です。お見合いをしたとされる正確な場所は分かりませんが、もしかしたら、今回調査している塩田橋でお見合いをしたのかも・・・と考えてしまいます。



2010年8月25日 20時39分

下塩田地区の将来は変わる

 ‘流下能力’??  そうそう、土木用語を使っちゃいましたね。 簡単に言えば、災害とかが起こった時、その川がどのくらいの洪水を安全に流せるか、いわゆる水に耐えうる能力ということです。だから、この地区はそれが低いため、浸水が起こりやすいということみたいです。

 今日は岐阜の木曽川上流河川事務所へ行ってきました。応対してくれたのは、工務課の川地さん。やはり工事の計画はあったみたいです。というかほぼ施工に向かって着々と進んでいるみたいでした。                                   
 実は杭瀬川については、もっと下流地区から工事が進捗しており、下塩田地区の住民の皆様には、ついこの8月上旬に地元説明を行ったとのことでした。
 来年度ぐらいから用地の買収に協力をいただき、早ければ25年度あたりからえん堤の工事に取りかかるそうです。順調にいけば、28年度には現塩田橋の箇所まで完成する計画です。
 なるほど図面を見せてもらうと、今の集落を広く取り囲む形でえん堤を作り、旧塩田橋を含む現道、常夜灯、墓地ぐらいは残るそうです。ただ殆んどの家屋は無くなってしまうそうで、このあたりはかなり大きく変わると思われます。
 ただ、そうとは言え、地域を守る重要性にかんがみ、反対者はいないとのことで工事は順調に進みそうです。最大限の効果が見込めれば、反対なんかするわけないですよね。。。
                                                松岡
 

 


2010年8月25日 19時04分

残り5日 この地域の特徴を考えた

 いよいよ、マップ完成まで残り5日となった。やれるだけのことはやったので悔いはない。
 スタートが遅かったわりには、それぞれ皆、地域に出向いたりして、いろんな人と交流を深めることができたんじゃないかと思う。
 私は連日塩田橋周辺をうろうろしているので、最近では向こうから声をかけてくれるようになった。
 ただ、感じているのは、昼間人口の少なさである。地域データによると昼間人口は100人以上いることになっているが、どう考えても、20~30人しかいないように感じる。しかもご高齢の方ばかりである。もしかしたら地区センターで習い事やパートなどに出かけているのかもしれないが、この時間帯に大地震でも発生したら大変だと思った。


2010年8月25日 17時54分

塩田橋の下に住む方とお話ししました

 先日、田中さんと塩田橋を歩いている時に、橋の下にたくさん家財道具があって、誰か住んでいることに気付きましたが、そのときは留守でした。
 
 今日、改めて橋の周辺について調査をしに行き、ホームレスの方に会うことができました。お話ししてみると、2年前から住んでいるそうです。年齢は65歳。橋の下から週2日から3日ぐらい仕事に行っているそうです。
 2年前はというと、大雨で川が氾濫したころと同じです。そのときすでにここに住んでいたそうで、「あのときは本当に死ぬかと思った。」とのことでした。

 いつまでここで暮らすのかと聞きましたが、ここは涼しくて暮らしやすいとのことで、まだ当分は塩田橋の下で暮らす予定だそうです。

 私は「もうすぐ台風シーズンになるから、雨が降るとまた荷物が流されちゃうから、台風シーズンはどこか別のところに行くか、雨が降ったら、遠慮なく避難所に行った方がいいよ。」とアドバイスをしました。

 防災マップを作っていることを説明し、写真も撮らせて頂きました。マップが完成したら、このおじさんにもあげよう。


2010年8月25日 16時20分

久瀬川町老人クラブ安田さんの話

 久瀬川町老人クラブの安田さんにお話しを聞きました。
安田さんは、この地で生まれ育ち80年の方です。
戦争中は、中学生でしたが、学業そっちのけで、久瀬川町から、荒尾町の東海航空という戦闘機をつくっている工場に毎日歩いて働きに行っていたそうです。
 当然、昭和19年の東南海地震のときも、工場で作業をしていたそうです。そのときのことを聞くと、ちょうどお昼ぐらいにものすごく激しい揺れを感じ、工場の機能はストップしたそうです。町の様子は家々が崩れたり、東海道線の線路がうねっていたりしていたそうです。
 また、この塩田橋から東に位置する久瀬川町ですが、岐阜-垂井線はもともとは運河だったといっておられました。それを戦後になって埋めてしまったそうです。
 久瀬川町は堤防のおかげで水害に見舞われたことはないといっておられました。

2010年8月24日 21時32分

懐かしいw

 今日土木事務所の担当者と話をしました。自分は半年前まで土木にいたので、ありとあらゆる手段で情報収集に努めました。なんだか昔の仕事に戻ったような…
 が、当該地区は塩田橋を境に南側は県の管轄ではなく、国(木曽川上流河川事務所)の管轄だそうです。さっそく話を聞いてこようかな~
 どうやらこの地域は流下能力が小さく、改修工事になじまないところだとか。。。

 でもこの担当者は2年前の浸水の時にリアルタイムで現地に入って作業をしていたということで、その時の写真が残っているらしい。とりあえず手に入れよう!!

2010年8月24日 21時19分

現地を見て

 ‘百聞は一見にしかず’ってことわざがありますよね。皆さんもよくご存知かと思われますが、現場を知らずして語るなかれ、自分も一度も現地を見てなかったため、今日早速見てきました。
 うん、なるほどやはりここは浸水被害を受けやすい地域なのだなって改めて実感しました。 さすがにここに住むのは嫌だなって~
 机上でシミュレーションしてるだけではいけない。やはり現場を歩くって大事なんだなって。
 近くに小学校などの避難所がありますが、そこまでどうやって避難するのがベストか。結構いい答えが見えてきました。
 で、す、が、この研究には答えは一つではないと思います。もっともっと思考錯誤して色んな答えを見つけていきたいと思います。

PS:それにしても勘弁してほしいぐらいの暑さでした(笑)
 


2010年8月24日 21時19分

市役所建設部に調査

 今日、大垣市役所建設部(管理課、治水課)へ調査に行ってきました。
今回、このマップづくりに参加して、もっと多くの市民が自分たちがどのような土地に住んでいるのかを知っていただく必要性を強くした次第です。
 大垣市では、水防工法大会を毎年開催しております。土嚢拵え工法、月の輪工法、シート張り工などなど、さまざまな工法について水防団はこなしております。では、その工法がなぜ必要なのか、なぜわざわざ大会まで開いて行っているのかまで理解しているのかについては疑問です。
 そこで、本日、市役所建設部に出向き、「大垣市水防計画」の調査及び、今後の市民に対する河川学習について積極的に行っていただけるよう依頼してきました。
 まだまだマップは完成しておりませんが、このようなマップ作りを大垣市のすべての地域で行うことができると、市民は大垣市の歴史を学ぶと同時に防災についても学ぶことができると思います。
岩田浩

2010年8月24日 16時06分

小学校の先生が、このe防災マップに注目!!

 今日、興文小の堀先生が、このe防災マップに大変興味をもたれ、私(種田)のところにやってこられました。
 一応説明しておくと、興文小学校は、大垣市で一番古い学校で今年で創立170周年です。つまり江戸時代からあることになります。
さて、本題に入りますと、
 堀先生は、小学生たちにケータイを使って自分たちの町の調査をさせたいと前々から考えていたそうで、ぜひ、このマップづくりを子供たちにさせたいとの意向でした。
 私もまだまだ勉強中で詳しいことは分からないので、防災科学技術研究所の須永さんに聞いてみようと思います。
 しかし、こうやってだんだん輪が広がっていくとよいですね。

2010年8月23日 23時52分

勉強!!勉強!!

 今日の打ち合わせは対象地域の治水などの歴史が大変勉強になりました。川の歴史って本当に奥が深いものですね…
 あの杭瀬川があれほどまでに彎曲していたなんて!!!!  その古い昔の絵って手に入るのかなぁ。。。
 歴史に疎い自分にとっては、このeマップの研究がとってもいい機会になってます。
                                                松岡

2010年8月23日 22時30分

e防災マップ検討会を行いました

 本日、メンバーが集結しマップの検討会を行いました。残すところ1週間です。
田中さんは急に火事が発生したため出動しなければならず、残念ながら欠席でした。
しかし、残ったメンバーで検討会は大いに盛り上がりました。大垣市の水防計画や地域防災計画を丹念に読み、地域のどこに問題があるのか、その問題を解決するにはどうしたらよいかを2時間以上話し合いました。
 岩田さんからは、堤防のつくりが弱い箇所があること。そしてそれを地域の人たちが果たして正しく認識しているのかどうか。もし認識していないのであれば、きちんと教えてあげなくてはいけない。それによって助かる命があれば、それは今回のマップつくりを通して得られた大きな成果のひとつであるといわれました。
 また、古文書などから推測するに、今回のマップのメインテーマである杭瀬川は1500年代までは塩田橋から大きく東に曲がって流れていたという事実が分かりました。
以前、「水はかつて自分が流れていたところを覚えている」という言葉を聞いた事があります。水は昔流れていたところに還って行く、そしてそこが現代では町になっていて水害を引き起こすというものです。人間は、山や林を切り開き、田んぼや畑をつぶしてアスファルトやコンクリートで塗り固めて、町を作ってきました。その結果、水は逃げ場を失い、大きな災害を全国で起こしています。水害が多いのは決して、地球温暖化やゲリラ豪雨だけが問題ではないと思います。今回のe防災マップコンテストだけでは終わらせずに、このマップづくりが終わったあとも引き続き調査を続けて行く必要性を感じています。そのためには、もっと多くの人たちにも関心を持っていただく必要があると思います。



2010年8月22日 19時50分

ようやく

 戦闘モードに入ろうか(?)という松岡です。このブログ初UPとなります。
 と言っても明日は久々の社会復帰!!  なんせ今年の夏休みはまさしくお盆Week真っ只中の14日~21日。しかも今日は大垣市防災訓練のボランティアに活動参加し、さして力にもなってない割りに、猛暑のせいで疲労困憊w   果たして明日からちゃんと仕事ができるのかって、無駄な心労をしてしまう今この時。。。 憂鬱な気分です。

 てなことで休み前に土木の担当者を訪れれば不在、そして先週はこのeマップのことも頭からすっかり離れており、職場等の図書館で模索してもやはりちょっとやそっとではいい情報が得られていないのが現状であります。  
 情報によると他の方々は現地調査やデータ収集等、なかなか順調に進んでいるらしく、防災知識が殆んど皆無と化している(泣)自分にとっては、果たしてどこまで皆様の力になれるのかと肩身の狭い思いです。
 まあ、ひとまず明日出来る限りの情報を土木からGETしたいとは思ってますが、あれだけの災害をもたらした地区ですから、県独自のポータル(これは一般の方々はご覧になることができませんが… ゴメンなさいね)にはきっと足しになる情報はあるんじゃないかとひそかに期待はしております。
 まあ、自分の今の才能では、このぐらいのことしか皆様の期待にそえないかもしれませんが、どうかお許し下さいませm(_)m
 それよりも明日仕事がたまってなくて、時間どおり打ち合わせに行けるかしら(笑)


2010年8月22日 18時31分

テレビ取材を受けました

 今日は、大垣市防災ひとづくり塾の有志で大垣市総合防災訓練に参加しました。
総合防災訓練では、様々な種目が行われておりましたが、私たちに任されたのは、
住民への災害時用簡易組立トイレの重要性及び組み立て方法の説明です。
災害時において、よく食料に関する話題がニュース等で流れますが、実際に飢死したひとというのは聞いたことがなく、むしろ、人間なら誰しも1日に数回はトイレに行きますが、水がなかったり、下水道管がやられたりで、水洗トイレが使えず、仕方がなく校庭に穴を掘ったりして、用を足したという話はよく聞きます。
 それで、防災訓練に参加した人たちにその重要性を説明しました。

 本日は、テレビの取材もあり、トイレを組み立てているところや説明しているところを取材されました。また、代表して高校2年生の大石君がひとづくり塾を代表してインタビューを受けました。防災ひとづくり塾防災リーダーとして取り組んでいること、現在e防災マップコンテストに挑戦していることなどを話しました。放送は9月で、大垣ケーブルテレビで毎日流れます。

 トイレ問題は、現在、e防災マップコンテストで取り組んでいる塩田橋地域でも課題となりそうです。

 

2010年8月21日 22時10分

試作版のマップを使って、現地調査をしました

 今日は36度の猛暑日でした。種田と田中の2人で、昨日までにできたマップをもとに現地調査を行いました。桐山酒店でお話しを聞いたあと、そのまま車を止めさせていただき歩くことにしました。
 マップをもとに1件1件の家を確認したところ、ほとんどが高齢者宅であることが分かりました。独居も1件あります。
 また、堤内にある家は全部で40件ほどありました。そのうち、30件ほどは平成20年に床上床下浸水しています。輪中堤の目的は、堤の外に溢水しないようにつくったものですから堤内の家が浸水するのは当然といえば当然なのですが、かわいそうな気がします。
 しかも、陸閘を閉めて外に水が溢れないようにするのです。
 対策としては、早めの避難に限ると思いますが、これまでの水害であまり避難したという実績はないそうです。それは、お店をやっている人が多いので、商品を2階などにあげないといけないことと、浸水したとしてもどの程度の浸水か予測できるためだそうです。また、この地域は昔から水害の常襲地域だったはずなのに、なぜ引っ越さなかったのかを田中さんと話しましたが、おそらく、昔はそう簡単に引越しなどできなかったというのもあるでしょうが、(新)塩田橋ができるまでは、ここは美濃路であったため往来が多く、船で商売をしている人もあり、町が栄えていたとのこと、そのため水害ぐらいでは土地を離れなかったのではないかということになりました。


2010年8月21日 9時28分

田中です。若森の桐山さんから水害の話を聞きました。

平成22年8月21日 午前8時10分頃
若森4丁目1483番地の桐山登美男に水害等について話を聴取する。
[回答]
過去に、床上浸水は随分あった。(伊勢湾台風、室戸台風、9.12豪雨水害など)
水は時間とともに増えてくるので、一挙に増えるということはない。
私どもは、酒屋を経営しているので商品や畳などをあげ、浸水に備えなければなりません。それ故、避難勧告等があっても避難するということはありません。
東に若森町の陸閘がありますが、これを閉めたことはおそらく今まで一度もありません。また、杭瀬側の左岸堤は右岸堤に比べ高くなっており、静里側が低い。
 避難については、避難の指示を受けるが、地域住民は皆家に残って家財道具や畳などをあげて浸水に備えているのが現状でした。
 水害当時の写真等を依頼した。

2010年8月20日 18時29分

試作版のマップを作りました

 明日、田中さんとフィールドワークをするにあたり、マップがないと話にならないことから、とりあえず、これまでに得た情報をもとにマップを作成しました。
 パソコン音痴の私でも意外と簡単につくることができ、本システムのすばらしさに感動しました。

2010年8月20日 17時37分

昔の文献を調べました。

 岩田さんが過去の文献や国土交通省、岐阜県、大垣市などがどのような河川改修等をしているのかといった資料を持ってきてくれました。
 特に目を引いたのが、大正時代に書かれた水害の文献です。この時代にきちんと記録をまとめている人がいたことを初めて知りました。

2010年8月18日 19時43分

防災行政無線の有効性について

 災害は起きていないけど、防災行政無線で誰かが何かをしゃべっている。
内容は、行方不明のお年寄りの捜索依頼だ。この時期、家出する中学生や散歩に出たまま家に帰ってこないお年寄りを捜す放送がたびたび流れる。
 市内に100箇所ほど、防災行政無線(いわゆるラッパ)はあるが、正直言って聞こえにくい。昔ならいざ知らず、現代は、防音ガラスに大型テレビの迫力音などでただでさえ、外部の音は家の中で聞こえにくい。しかも、放送の声がこだましたりして、声と声がぶつかり合ったりする。
 災害時においては、防災行政無線、広報車、メール配信などさまざまな手段を使って行政は災害情報を伝えてくれるが、本当に有効な手段は何かということを改めて考える必要があると感じた。
 塩田橋の近くでは西小学校や西地区センターに防災行政無線があるが、風向きによっては聞こえない日もあると思う。

2010年8月17日 20時42分

西小学校の体育館と防災倉庫を見学しました

 西小学校は、大垣市にある119箇所の避難所の1つです。また、ここには、西地区の防災備蓄倉庫があります。防災倉庫には、約60種類の様々な防災資機材が備蓄されています。
例えば、発電機、投光機、浄水器、災害用トイレ、給水袋、毛布、ガソリン、リアカー、かけや、つるはし、スコップなどなどいろんなものがあります。こういった災害時に役立つ倉庫の点検を定期的にし、地域のひとたち全員が使い方を知っておく必要があると思いました。
 また、学校の先生によると、9月に学校で避難訓練なども予定しているそうです。




2010年8月16日 22時11分

「岩田さんとの対話」

私は、このしばらく夏休みをとって旅に出ていた。締め切りまで日にちがないのになんという余裕かと思われるかも知れないが...。

さて、今日は、言いだしっぺである岩田さんと打ち合わせをした。相変わらず、岩田さんの知識は深く、郷土史についてはかなりのものだということは10年も前から知っていたが、大垣市を流れる14本の河川の排水計画的なこともよく勉強されており、つくづく感心させられた。

岩田さんには、何度か本を著してはどうか?と勧めたことがあるが、ご本人はまったくその気がないらしい。
「ゲーテとの対話」を書いたエッカーマンのように、私が口述筆記をすることが、歴史的な意義があるような気がしてきた(今回のeマップコンテストとは直接関係がないが...。)。

とりあえず、23日(月)にみんなで集めた情報を持ち寄って、パソコンで編集することをお伝えした。そういえば、22日(日)は大垣市防災訓練である。「防災ひとづくり塾」の人たちも、さまざまな防災種目のボランティアをするけど、翌日大丈夫かな?

2010年8月10日 19時13分

e防災マップをつくる目的は?(その2)

 昨日、避難者が0人であったという(衝撃の?)事実が発覚したわけであるが、その理由をエアコンの効いた部屋の中であれこれ考えていても、答えは見つかりそうもないので、とりあえず現地に行って詳しい人に話を聞くことにした。
 さて、現地(若森町)まで来たのは良いが、猛暑のためか、人通りがまったくない。誰か話を聞けそうな人はいまいかと、うろうろしていると、80代後半ぐらいのご婦人が玄関から私の方をみている。あとから考えると、見知らぬあやしげな人間がきょろきょろして歩いているので不審に思っていたのかもしれない。
 しかし、人のよさそうなご婦人であったため、声をかけると「まあ、まああがらっしゃい」と言われ、隣接するお店で冷たいお茶をいただいた。それから、その90歳のおかあさんと奥から出てこられた60代の息子さん(元自治会長)に、この地域の歴史や災害対策についてお話を伺った。以下はその要約である。

・平成になってから3~4回ほど浸水している。
・左岸の若森町と右岸の静里町の堤防を比べると、若森町側が1m高い。だから、水が溢れるとなると、まず右岸からあふれる。なぜ、1mも高さが違うかというと、左岸は大垣藩で、右岸は不破郡であった。殿様の土地が浸水しないように江戸時代からそのようになっている。
・大垣で雨が降らなくても、春日村や伊吹山の方で雨が降ると下流である杭瀬川に流れてくる。水が浸く前には、蛇や蛙や虫たちが移動し始めるので分かる。
・昔はホタル狩りをすることができた。
・陸閘は4か所ある。水害時にはせき止めてしまう。ただ、左岸は平成になってからしめたのは1回だけ。毎年、訓練では開け閉めをしている。
・塩田橋は2つある。便宜上、(旧)塩田橋と(新)塩田橋と呼んでいる。新塩田橋は昭和32年に新しく架けた橋である。新しい橋ができるまでは、ここは美濃路の宿場町なので非常に人の往来が多く、船も荷降ろしをしたりで、非常に栄えていた。
・近くに杭瀬川公園があるが、ここは広域避難場所になっている。しかし、昔ここは遊水地で自噴水が溢れていた。公園にする時に栓を閉めてしまったので、水の逃げ場がなくなった。川の深さも昔に比べると、浅くなった。昔は橋から飛び込むことができた。
・地域の連帯感は非常に強い。
・一昨年、避難しなかったのは、長年住んでいる地域だから、どのくらい浸水するのか分かることと、荷物を2階に上げなくてはいけないので、忙しくて避難していられない。

 なるほど、チリ大津波警報のときに東北地方で36%の人しか避難しなかったように、行政の発する情報よりも、自分たちの経験で判断する住民が多いということか。
 では、市の作成した洪水ハザードマップなども照らしあわせ、今後、どの程度の浸水が予想されているのか、その場合、どこにどのルートで避難したら良いのかを検討しながらマップを作成するのが良いと感じた。

写真:神谷さん親子


写真:昭和初期の塩田橋


2010年8月09日 18時59分

e防災マップをつくる目的は?(その1)

本日は、どのような目的でe防災マップをつくるのかを話し合いました。
とりあえず、「災害時に直面する出来事と迫られる対応」について、手引きをもとに考えることにし、「塩田橋右岸と左岸の両町内」が、これまでどのような水害に見舞われたのかを検証しました。
 資料については、「大垣市防災計画」の資料編や「大垣市洪水ハザードマップ」に掲載されています。
 調べた結果、直近では平成20年9月に水害に遭っていることがわかりました。
〈概況〉
H20.9.2(火)     13:33 岐阜・西濃地方に大雨・洪水警報発令
                            16:30 市警戒本部設置
                            18:50 市災害対策本部設置
H20.9.3(水)     03:00 静里小に避難所開設
        05:20 静里町第一塩田地区へ避難勧告
        12:00 静里町地内避難勧告解除、静里小避難所閉鎖
 
〈住家被害状況〉
静里町(杭瀬川右岸)・・・床上浸水1棟、床下浸水19棟、非住家浸水3棟
若森町(杭瀬川左岸)・・・床下浸水8棟
 
〈避難状況〉
静里小・・・0人
 
〈浸水家屋消毒〉・・・30件実施
〈道路通行止め〉・・・本地域に該当箇所なし
 
 以上のような調査結果でしたが、1点気になったのが、避難者0人ということでした。
これは、後日調査をする必要があると感じました。

2010年8月08日 21時52分

塩田橋周辺には213人の人が住んでいる!!

本日、マップ対象地域が確定したので、さっそく地域社会データを調べてみた。パソコン上に対象地域の範囲指定しただけで、下記のデータ(平成17年国勢調査)が分かった。うーん。これは便利。このマップづくり以外にも、いろいろと使えるシステムだ!!

【地域社会データ】
 
地区の人口 149.3

地区の昼間人口157.2

地区の夜間人口 213.6

地区世帯数44.6

65歳以上の親族がいる世帯数 23.6

6歳未満の親族がいる世帯数5.5

建物数(住宅)89

集合住宅の面積 100 ㎡以上

集合住宅の棟数 39

戸建て住宅の棟数 50

 


2010年8月08日 18時48分

防災新聞を作っている自治会長

 西地区センター(避難所でもある)で、西連合自治会長の北村さんにお会いしました。北村さんは防災に関して非常に熱心な方です。
 西地区センターで、毎年防災訓練とは別に、「防災セミナー」を開催しています。実は私も2回ほど参加したことがあります。
 このように派手ではないけど地道な自治会活動が役に立つのだと感じました。
 しかし、一番驚いたのは、ご自身で「防災新聞」を作っておられることです。現物をもらってこればよかったのですが、忘れてしまいました。今度会ったときに、またいただこうと思います。

2010年8月07日 20時52分

e防災マップづくり勉強会を開催しました

独立行政法人 防災科学技術研究所の須永さん他3名の方々を講師としてお招きし、
大垣スイトピアセンター文化会館にて、マップ作りについてご説明いただきました。

須永さん、李さんはつくば市から、他のお二人の方は名古屋から来ていただきました。
本日の大垣市防災ひとづくり塾の参加者は、4名(西田、松岡、米沢、種田)でした。
残念ながら、田中さんと、岩田さんは、仕事の関係で来られませんでした。
実際にパソコンを使って、研究所の方々に説明をしていただきました。

まず、実際にパソコンを操作し、どのように地図を作っていけばいいかを学びました。

そして、今回、ハザードマップをつくる目的や、どの地域のマップを作るかなどを話し合いました。
みんなの意見が割れたのは、地震マップをつくるか、それとも洪水マップを作るかということでいた。その次に、大垣市といっても広いので、どの地域のマップを作るのかということでした。
まず、種田が「大垣市は毎年のように水害に悩まされているから、洪水のマップを作りたい!」と言ったため、迫力に押され?洪水マップをつくることになりました。

次にどの地域のマップづくりをするかですが、須永さんによると、参加するほとんどのグループが、町内会や小学校区のグループなので、どの地域のマップをつくるか、議論になることはないそうですが、大垣市ひとづくり塾は、市内のさまざまな地域の防災に関心がある人たちの集まりなので、住んでいる地域がばらばらです

まず、大垣の荒崎地区という、水害に多くあう地域がまず候補として上がりましたが、
その地区は、広範囲にわたり、また複雑な事情も絡むため、話し合いの結果、下塩田という地区のマップを作ることにしました

今日は、パソコンを使ってのマップ作りの勉強ということで集まりましたが、
市内の危険箇所の話まで及びました。
その話し合いを通して、お互いの防災に対する意見を交換することができ、
非常に有意義でした

応募締め切りまであまり時間がないので、それぞれ得意分野を生かそうということになり、種田は地域の人々へのインタビュー、西田さんは地域防災力、米沢さんは高齢者等災害弱者関係、松岡さんは河川・土木関係といったふうに役割分担をし、その結果を、次回23日に持ち寄ることになりました。




 


2010年8月06日 19時15分

やっとURLとパスワードがもらえました

 今日、防災科学技術研究所からURLとパスワードが送られてきました。
これで、やっと自分たちのグループページをつくることができます。
 さっそく、ブログを書いていこうと思います。みなさんも、ぜひ活動記録を記入していってくださいね。
 とりあえず、過去にさかのぼって書いてみます。

2010年7月26日 22時01分

松岡君参戦!!これで4人目。

 今日も猛暑日だった。薄暗くなる窓の外を眺めながら、そろそろ仕事をあがるかと考えていた午後6時半。高校の同級生の松岡から久しぶりにケータイがなった。
「よう、久しぶり。どうしてる?」などと他愛もない会話。松岡は県立高校の職員なのだが、いつも忙しく、帰りも遅い。それが夏休みに入り、突然暇になったというのだ。なんともうらやましい。そして、どちらから言い出したのでもなく(おそらく私から誘った)、e防災マップコンテストに参加することになった。高校生も夏休みの課題を苦しんでいるんだ!松岡!お前がやらずして誰がやる!
ということで、松岡の参戦が決まった。なお、松岡も防災ひとづくり塾1期生である。

2010年7月24日 18時55分

田中さん参戦。3人になった。

 今日は、土曜日だというのに、朝から携帯に電話がかかってきた。出るのをやめようかと思っていたが、消防署の田中さん(防災ひとづくり塾1期生)からだったので、仕方なく出た。
 「もし、もし、田中ですが、送ってもらったチラシ、どう?」「どう?って何?」「まだ参加できるなら参加したいんだけど」
 まだ参加できるも何も、今のところ岩田さんと自分しかいない。とは言えず、消防署の田中さんは私に比べ、防災に関してはエキスパート。これは天の助け。今日はついているかも。ということで、仲間が3人になりました。

2010年7月23日 17時53分

e防災マップづくりに挑戦を決意?!

 今日、私(種田)は、防災ひとづくり塾の第1期生の岩田老人に会いました。
岩田さんは、ひとづくり塾最高齢の84才ですが、年齢をまったく感じさせないバイタリティを持っており、しばしば、その熱い志に、私はこの炎天下のもと、溶けそうになることがしばしばあります。

要件というのは、先日、私が岩田さんほか「ひとづくり塾」のメンバーたちに送った1枚のチラシの件でした。ある程度、予測をしておりましたが、「これはすばらしい企画だ!私ひとりではできないが、もしよかったら仲間に入れてくれ。」と、間髪を入れない申し出に、仲間も何も、参加したいといってこられたのは、岩田さんが初めてですとは、いえず、二つ返事で、「はい分かりました。がんばりましょう。」ということになった。さあ、残された日数は、わずか。80日世界一周より短い日数で、マップは完成するのだろうか。仲間は増えるのか?私の不安な気持ちは杞憂に終わるのでしょうか?

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グループのプロフィール

●プロフィール

●グループメンバー

●その他の協力者

地域の社会統計
平成17年度の国勢調査のデータを基に作成しています。現在の状況と異なる場合がありますので、あくまでも目安としてお考え下さい。
住所
岐阜県大垣市
範囲
地域社会データ [ ↑隠す]
地区の人口
149.3
地区の昼間人口
157.2
地区の夜間人口
213.6
地区世帯数
44.6
65歳以上の親族がいる世帯数
23.6
6歳未満の親族がいる世帯数
5.5
建物数(住宅)
89
集合住宅の面積
100 ㎡以上
集合住宅の棟数
39
戸建て住宅の棟数
50